『相模湾動物誌』(国立科学博物館編/東海大学出版会/3200円+税)

 国立科学博物館では、2001~2005年までの5年間、「相模灘およびその沿岸域における動植物相の経時的比較に基づく環境変遷の解明」という名の総合的な生物相の調査が取り組まれました。ここで特に経時的という言葉が使われているのは、相模湾周辺が100年以上前から日本の海洋生物の研究の中心であり、歴史的な変遷を辿ることの可能な海域であることから選ばれたものです。その成果は3冊の報告書として刊行されていますが、本書はその一部を一般向きに紹介したものです。全体は大きく2部に分かれていて、前半では相模湾の海洋生物の研究史が詳しく述べられています。明治初年に、いわゆるお雇い外国人として来日したデーデルラインやモースのような研究者、あるいは各国から派遣されてきた探検船による採集に始まり、三崎に設置された東京大学の臨海実験所の活動、さらには昭和天皇による幅広い海洋生物研究、そして今回の総合調査と、時代を追ってその活動の概要がまとめられています。特に強調されているのは、明治初年の研究者が本国に持ち帰った標本類が、分散しながらも各地の博物館にきちんとよい状態で保存されていたことへの驚きとその意義ということです。そうした古い標本は、分類学的な記載の確認に役立つだけでなく、過去の生物相やその当時の環境についても多くのことを物語ってくれます。博物館人としては、標本をきちんと残すことの重要さを改めて感じたことでした。後半では、魚類、甲殻類、貝類、多毛類などについて、相模湾の種類相の特徴が述べられていますが、ここでも研究史的な視点が多く盛り込まれ、全体としてこの本は相模湾の生物研究史であると言えるでしょう。一つの地域について、そうした研究史的な本が出されたのは私が知る限りでは珍しいことと思いますし、相模湾だからこそ可能なことであったのでしょう。細かいことですが、昭和天皇の業績を紹介した中で「貴種」という言葉が使われており、天皇の行動についてはともかく、対象となった生物に敬語?を使うことはないのではと抵抗を感じました。貴重な種を略しただけなのかもしれませんが・・。(2007/10)