『もの思う鳥たち』(セオドア・ゼノフォン・バーバー著/笠原敏雄訳/日本教文社/1905円+税)
 この本は、紹介すべきかどうか、最後まで迷っていましたが、真面目に書かれた本には違いないので、あえて取り上げることにしました。著者は、催眠研究など人間の心理学の専門家で、その晩年に鳥の行動について多くの論文や文献を比較検討し、本書を著したといいます。そのテーマは「鳥類の知られざる人間性」という副題に表現されているように、鳥類の行動には抽象的な思考とか、音楽的才能、喜怒哀楽などの感情とその表現、コミュニケーション能力など、一般的な科学が人類に特有と考えているような能力が、広く現れていると主張することにあります。多くの実例があげられていますが、それには大きく二つのタイプのものがあります。一つは、ササゴイが疑似餌漁をすることのように野外で観察される、知的に見える行動です。もう一つは、飼育下の鳥がしばしば言葉を覚えたり、それを使いこなしたり、飼い主とコミュニケーションがとれているように見える例です。著者がくり返し述べていることは、既存の科学が、鳥類の行動を機械的な本能の発露としてしか説明しておらず、擬人化を戒めるあまり、知的で個性的な鳥類の本質を見失っているという主張です。しかし、現代科学においても、鳥の学習能力が否定されているわけではありませんから、その生息環境によって、個々の鳥の行動が一致しないことは不思議ではありませんし、飼育下での訓練の結果、予想以上の行動が導かれることも大いにあり得ると思われます。また、渡りのような行動が、1羽1羽の鳥の知的な判断に基づいて実行されているというような見方は、むしろ不自然で、本能的にプログラムされた行動であるがゆえに毎年、整然と行われると考えるべきではないでしょうか。もちろん、そうした行動が進化してきたことは、まことに不思議なことではありますが、そのことと鳥類の行動決定に知能の占める割合が大きいと考えることはつながってこないでしょう。繁殖地と越冬地で、餌が異なる鳥がいることさえ、著者は環境の違いを適切に判断して行動を変える可塑性の現れとしていますが、これとて適応的な行動の進化として説明できることに違いありません。飼育下の行動については、私には評価が難しいのですが、コミュニケーションといったことについては、飼育者の感情の反映にすぎない例が多いようにも感じられました。全体的に、既存科学を否定したいがために、袋小路に陥っているのではないか、そんな気がした本でした。(2009/6)