『復刊自然の観察』(昭和16年文部省著作/農文協/4700円+税)
 昭和16年に刊行された、国民学校1年生から3年生を対象とした理科の教師用指導書の復刊です。当時、戦時下という時局に即した教育体制の整備が計られ、昭和16年に国民学校制度が発足しました。それに先だって、カリキュラムの検討が行われ、その中で初等1~3年生に初めて理科が設けられ、その内容が自然の観察とされました。その意を受けて執筆にあたったのが、岡現次郎氏でした。理科の内容が「自然の観察」とされたことは、今にして思えば非常に大胆な決断だったと思われますが、事実ほぼすべての章が校庭か野山での観察活動、あるいは飼育栽培にあてられており、何よりも野外で実際の事物にふれることが重視されたことが理解できます。また、教師用指導書のみを作ったのは、生徒用の教科書を作れば、教室でそれを教えることが学習とされるおそれがあるからだと、これもまた大胆な岡氏の意向によったようです。全体に、対象とする自然に素直に目を向けて、その生き生きとしたようすを楽しむことから出発し、その上にたって、季節季節に特に目を向けるテーマを設定して子供たちの関心を向けさせることが促されています。内容的には、校庭での観察、野山や田畑に1日をかけて出かけての観察、そして校庭での花や野菜の手入れと小動物の飼育、シャボン玉のような遊びを通した学習が4つの柱になっています。総説にある指導上の注意事項には、時局を思わせる「秩序正しい行動の訓練」とともに、「児童の心身全体の活動を盛んにする」として、単に知識を身につけることではなく、美しいとか面白いという第一印象を大事にすること、また、「児童の抱く疑問に対して安価な解決を与えることなく教師も一緒に解決する態度でのぞむこと」があげられています。特に、直感的な理解ということが重視されていて、「立ち入った説明をするのはよくない」というフレーズがたびたび出てきて、教師が因果関係の分かったこととして説明してしまうことが強く戒められています。私が特に印象深く読んだ章は、1年生12課の「雨あがり」で、そこでは、空の明るさ、遠山の色合い、湯気の立ち上るようすなど雨上がりの日の情景に気づかせること、地面の小石や砂のようす、川の濁り方など雨のために姿を変えた点に気づかせることなどが指示されています。この学習は、あらかじめ観察の要点を決めておき、条件の整った日に実施することとされているのですが、自然の動きに即した柔軟な学習が計画されていたことに、驚きを禁じ得ませんでした。また、1年生の最後の方に、自由研究という言葉が出てきたのにもびっくりしました。「児童自身で問題を見つけ、進んで研究する機会を与えることが必要」とされ、冬の校庭で自分の興味のあるものを自由に見させ、見てきたことを話させるとされています。自由研究は、2年でも3年でも登場し、3年ではきちんとした発表をするところまで内容が高められています。こうした点も、児童の自発性を育てる考え方に基づくものでしょう。序などによると、この教師用指導書は、日本的な理科の出発点であり、現在の理科カリキュラムの原点であると述べられています。しかし、私には現在の学校で行われている理科学習に、この指導書の精神が息づいているとはどうも感じられません。先にあげた「雨上がり」のような学習がどのくらいの教室で実践されているのだろうかと思うからです。原点と位置づけて安心するのではなく、この指導書から現在の教育が学ぶべき物は何なのかという視点での検討を進めていく必要があるように強く感じました。なお、復刊という形ではありますが、現代表記に改められており、また各所に現在の教室での立場からの解説もつけられているので、分かりやすく読んでいくことができます。(2009/5)