『博物館への挑戦』(日高真吾・園田直子編著/三好企画/2600円+税)
 本書は、東京都美術館や国立民族学博物館で活躍された森田恒之先生が古希を迎えられたことを記念して刊行されたもので、博物館やその周辺で活動している約30名がそれぞれの仕事とその中で森田先生から受けた影響について語った本です。森田先生に初めてお目にかかったのは平塚市博物館の準備室にいた頃のことでしたが、親しくお話をしたのは草木染めの講座に、ひょっこりと訪ねて来られた時のことだった記憶があります。その後、シンポジウムに呼んで頂いたり、断続的なおつきあいが続いていたのですが、本書にも詳しく紹介されているJICAの主催になる途上国の博物館関係者が日本に滞在して博物館の技術を学ぶ長期研修の時に平塚市博を訪ねて下さるようになり、毎年お会いする機会ができるようになりました。森田先生によると途上国のスタッフにとっては、日本の国県立の博物館は予算規模が大きすぎて参考にならないので、市立館の見学が役に立つのだということでした。とりわけ、印象的であったのは東チモールの職員研修に引率して来館された時のことです。新聞でしか見たことがなく自分とはまったく縁のないと思っていた国の方々とお会いし、自分の仕事の延長で多少の貢献ができたのは、大変嬉しい経験でした。実は、何十回とお会いしていながら、先生のもともとの専門である保存科学については、話題にしたこともなかったのですが、この本を読んで、西洋絵画の保存科学が先生の出発点であったことを知りました。その保存科学関係、国立民族博物館の保存活動、絵画の保存修復、展示の手法、博物館の教育活動、海外交流で各章が構成され、それぞれの分野の第一線で活躍されているスタッフによる報告が続きます。相当に専門的で、あまり一般向きとは言えない内容ですが、それぞれのテーマについて森田先生の与えてきた影響の広がりには改めて眼を見張りました。森田先生は、何か固定的な博物館のイメージを掲げてそれに導いていくようなタイプではなく、課題を投げかけたり、それぞれの場での活動を評価していくような指導をされてきたように思いますし、その成果が、この本の充実に結びついていると感じました。博物館屋としては、オゾン層破壊との関係で使えなくなった燻蒸剤の代替策をめぐる議論などが実務的な参考になりました。その中に、学芸員が日常的に収蔵室を清掃することの重要さが述べられていて、確かにその通りだと再認識させられました。(2009/3)