『海から来た植物』(中西弘樹著/八坂書房/2600円+税)
 著者は海岸植生、種子散布、漂着物などの専門家で、この本のテーマに選ばれたハマユウとハマボウという2種類の海岸植物は、そうした関心から著者ならではの強い興味を抱いてきた種類に違いありません。私個人としては、この2種は、どちらも横須賀市佐島の天神島自然教育園に自生しているので、昔から慣れ親しんできたのですが、神奈川県の自然の中ではどこかエキゾチックな風貌を持った印象的な植物だと感じてきました。扱われている内容は多岐にわたっており、特に人との関わりを探る文化史的な面が充実しています。ハマユウについては、それが熱帯起源の海流による散布植物であることから始まり、黒潮に沿った国内での分布、さらには、古典の中に登場するハマユウが紹介されています。特に柿本人麻呂による熊野のハマユウを詠んだ歌が、その後、多くの歌に繰り返し取り上げられ、ハマユウのイメージが確立されていったそうです。この人麻呂の歌にある「浦の浜木綿百重なす」というフレーズの解釈にも諸説あるそうで、著者は群落全体のようすを歌ったという説を支持しているようです。また、ツュンベリー等の研究対象となったこと、後年、標準和名がハマオモトとされた理由なども詳細に紹介されています。現代的な話題としては、生息地保全の問題が取り上げられ、各地で取り組まれている植生復元には、他地域からの移植など、保全生物学的に問題の多い方法がとられていることがある点について注意が促されています。ハマボウについても、同様な内容が網羅されていますが、こちらは古典に登場する事は少なく、ハマユウほど古代人の関心を引いた植物ではなかったようです。しかし、シーボルトは花の美しさから大いに注目したようで、学名の命名者にもなり、「フロラ・ヤポニカ」の図版にも取り上げています。また、近年ではハマボウを地域のシンボルとして注目する試みも生まれているようで、それが正しい意味での生息環境の保全につながることが期待されています。このように、本書はハマユウ、ハマボウという2種の植物を取り上げ、それらの種と日本人との関わりを歴史を追って記述したもので、類例のないユニークな切り口の本だと言えるでしょう。(2008/9)