『龍とドラゴンの世界』(笹間良彦著/遊子館/1800円+税)

 伝統的な絵画や工芸の意匠として、もっとも多く登場する動物といえば、鹿でも熊でも犬でもなく龍でしょうし、そのステータスも格段に高いように感じられます。そんなことで、想像上の動物である龍が生まれた背景を知りたいと思っていたのですが、その望みをかなえてくれる本を見つけました。龍が爬虫類であることは間違いないことでしょうが、水と縁が深いことや四肢があることから、ワニが直接のモデルなのではないかと想像していました。しかし、本書によると龍の原型はヘビであり、メソポタミアかインドあたりでコブラのような毒ヘビが恐れられことから蛇神が生まれ、そうしたものが龍の原型になったのだと言います。ただ、蛇から龍への進化については、必ずしも明快な説明は書かれていないように感じました。本書によれば、その後西洋では、龍は災いをもたらす悪役とされ、それを退治する英雄話が多く生まれたと言います。一方、中国では龍が仏教の守護者の位置を与えられ、さらには皇帝の権力の象徴として扱われるようになりました。中国で龍のイメージが確立されたのは、漢時代のことだったそうで、蛇の体に、角は鹿、爪は鷹、掌は虎などいろいろな動物のイメージが合体されたのだと言います。日本に龍のイメージが伝わったのは弥生時代と推定されていますが、日本では権力と直接結びつくことはなく、各地の大蛇伝説と結びついてさまざまな龍伝説が生まれたり、力を誇示したい武士が好んで意匠として用いたりするようになったとのことです。江戸時代に入ると、絵画や工芸に描かれる龍の姿が力強さを失ったと言い、この時期の龍についての著者の言い様は容赦のないもので、下品、生半可、格調が低いなど言いたい放題に批判がされています。全体に各国、各時代にわたる多くの龍の絵やデザインが紹介されていて、それを見るだけでもなかなか楽しいものでした。最後には、既に故人となったという著者の、龍が生気を失った時代としての現代文明批判が展開されています。(2008/8)