『桜の雑学事典』(井筒清次著/日本実業出版社/1400円+税)

 少々季節はずれになってしまいましたが、サクラにまつわる文芸、民俗、園芸、花見の名所など各方面の話題を集成した本です。特に充実しているのが、和歌や俳句のような文学畑の記述で、サクラが扱われている古今の作品が数多く収録され、それだけで読み応えがあります。印象に残ったのは、芭蕉の「四方より花吹き入れて鳰の海」という作品。サクラの花びらが一面に浮かんでいる湖面をカイツブリが泳いでいる情景が目に浮かびました。興味深かったのは巻末の「サクラの日本史年表」で、平安時代から宮中の花見の宴が開かれていたこととか、サクラと軍隊との結びつきが強まるのが日露戦争以降のことであるとか、さまざまな情報を読みとることができます。本文によると、古今集あたりから、サクラが散る景色を愛でる伝統が生まれ、それが後年、武士道の潔さや、軍国主義と結びついていったということで、日本文化の中での独特のサクラの位置について考えさせられました。サクラの木には、その根に骸骨を抱えているというイメージが結びついていることを、私は荒俣宏の『帝都物語』で知ったのですが、それについて本書では梶井基次郎の「桜の樹の下には屍体が埋まっている」という一文から発したもののように書いてあります。しかし、もっと民俗学的なルーツもあるのではという点が気になりました。自然科学的な部分では、ソメイヨシノに実がならない理由を自家不和合性という言葉で説明していたり、種と変種、品種などの関係が分かりにくいなど、物足りない記述が見受けられましたが、雑学事典としては十二分の情報量を持った本と言えるでしょう。

(2008/5)