『ザリガニの博物誌』(川井唯史著/東海大学出版会/3200円+税)

  ニホンザリガニについて文献の問い合わせがきたので、調べていて見つけたのがこの本でした。里川学入門という副題に惹かれて自分でも読んでみたのですが、ザリガニ類についての博物誌というにふさわしい内容で面白く読みました。主人公は北日本だけに分布するニホンザリガニで、北海道在住でザリガニ先生という異名を持つという著者が、その生態や分布を調べていった経験が紹介されています。舞台が北海道だけに、里川といっても広葉樹の巨木の下を飲んでもおいしい清冽な水が流れているというのですから、我々のイメージする里川とはだいぶようすが違っていますが、在来種のニホンザリガニのすみかはそういう環境なのだそうです。ザリガニ類についての地球規模の記述もされており、その世界分布を見ると、アジア・アメリカ・ヨーロッパ・マダガスカルなどに飛び離れていて、どうやらそれは大陸移動以前の古い時代に分化した生物であることが関係しているらしいといいます。また、興味深かったのは、ザリガニに寄生するヒルミミズ類という動物がおり、どんな種類のヒルミミズが寄生しているかによって、ザリガニの移入先が特定できることがあるという話でした。日本では外来種としてアメリカザリガニが広く分布しているほか、北海道ではウチダザリガニのためにニホンザリガニが減少している傾向もあるそうで、ここでも外来種問題の難しさを感じました。その関係で言えば、表紙の絵にアメリカザリガニとオオイヌノフグリが登場するのを著者は納得したのだろうかと気になりました。最後の章では、市民グループによるニホンザリガニの分布調査や保全活動の取り組みが紹介されており、著者の提唱する里川学は、みんなが里川に出かけて調査や観察を積み重ねることから始まるとされています。巻末に150編近い参考文献のリストが載せられており、この類について勉強したい人にはおおいに役立ちそうです。英語の論文のタイトルに和訳がついているのも、めったに見ない親切でした。(2008/1)