『アリの背中に乗った甲虫を探して』(ロブ・ダン著/田中敦子訳/ウェッジ/2000円+税)
 この表題からどんな内容の本を想像されるでしょうか。私はアリの共生昆虫の探索の物語だと思って買ったのですが、中身はだいぶ違ったもので、「未知の生物に憑かれた科学者たち」という副題の方がよほど正確に中身を伝えています。この本はこの地球上にどんな生物がどのくらい棲息しているかという素朴な疑問について、新しいページを書き加えた科学者達のエピソードをまとめた、科学史的な読み物で、生物多様性に関する科学史といったらよいでしょう。原始的な生活をしている部族の身近な動植物に対する認識ということから書き起こして、微生物の存在を明らかにしたスワンメルダム、二名法を確立し世界中の動植物に命名しようとしたリンネ、新しいところでは熱帯降雨林の樹冠に豊かな動物相があることを示したテリー・アーウィン、コスタリカで生物保護区を運営するとともに全生物のカタログ化の仕事を進めているダン・ジャンセンなどが登場します。彼らはそれぞれに個性的であり、偏執的でもある科学者として描かれています。さらには、潜水調査によって深い海底にも多くの生物が存在し、しかも熱水口付近には化学エネルギーを元にした陸上とはまったく異なる生態系が発見されたことが紹介されます。ミトコンドリアや葉緑体の起源として細胞内共生説をとなえたリン・マーギュラス、古細菌という新たな分類群を発見したカール・ウーズなども登場します。これらの科学者の足跡をたどりながら、著者はこの地球上に新しい生物の生息環境や新しい分類群が発見され、我々の認識が大きく改められてきた歴史を通観しています。最後には、地球外生命体の探索のプロジェクトや、ナノバクテリアと呼ばれる生物であるかどうかが議論になる微小な構造体などにもふれられて、今我々が常識と考えていることが必ずしもそうではなくなるかもしれないことが強調されています。ちなみに、表題のアリの背中に乗った甲虫を探しに行くのは、カール・レッテンマイヤーというグンタイアリとその共生動物の研究者で、著者自身もそのコスタリカへの探検行に同行したようすが語られています。(2010/3)