『環境を<感じる>』(郷康広・颯田葉子著/岩波書店/1200円+税)
 副題に「生物センサーの進化」とあるように、人間の五感のしくみやその起源を脊椎動物の進化の流れの中で紹介した本です。特に、刺激に反応するタンパク質と、それを生み出す遺伝子の進化がテーマになっています。視覚については、爬虫類や鳥類までの脊椎動物は、4種類の色素タンパク質を持っていて、天然色で世界を見ていましたが、原始的なほ乳類は、夜行性であることと関連して、その内の2種類を失い、色が分からなくなったと言います。その後、霊長類が進化する過程で再び3種類に増え、その結果、我々ヒトも天然色の世界を見られるのだと言います。聴覚、味覚などについても、基本的な仕組みの解説のほか、興味深い話題が数多く紹介されています。一例をあげると、ヒトは温度を感知するセンサーとして働くタンパク質を9種類持っていて、それぞれが守備範囲にしている温度が違うのだそうです。その内の一つは、カプサイシンに反応し、つまりトウガラシの辛みは味覚ではなくて熱さを感じているのだそうです。この本は、優れた啓蒙書であると感じましたが、それには二つの理由があります。一つは、表現が平易で、しかも時事的な話題も取り上げながら親しみやすく語られていることです。公園で若者を排除するために使われ始めたモスキート音も登場します。もう一つはどこが分かっていないのかということがしばしば指摘されていることです。たとえば、人の目は紫外線を感じませんが、そのことにどんな適応的な意味があるのかは不明なのだといいます。また、ヒトにもフェロモンがあるのかどうかについては肯定否定の両説があって、決着がついていないのだそうです。門外漢にとっては、どこが分かっていないかというのはほとんど見当のつかないことなので、それが書かれていることで、第一線の研究者がどんな課題に取り組んでいるのかをよりはっきりと知ることができる助けになると感じました。(2009/6)