『イワシはどこへ消えたのか』(本田良一著/中公新書/780円+税)
 海で漁獲される魚の種類が、ある時を境にがらっと替わってしまうことはしばしば起きる現象で、1990年代にマイワシの漁獲量が急激に落ち込んでしまったと言います。従来は、こうした減少は、取り過ぎが主原因で、それを防ぐには適切な漁獲管理が必要だという理解がされていました。ところが、世界各地の長年にわたる統計が蓄積されてくると、その変動は必ずしも漁業の影響だけによるとは言い切れず、むしろ10年から数十年を周期とした海況の変動が背景にあるという学説が支持されるようになってきました。ある状態から違う状態への変化は、急に起こる特徴からレジームシフトと呼ばれており、魚の場合には優占魚種の交代という目に見える大きな変化になって現れると言います。本書は、イワシを中心に、魚に現れるレジームシフトの影響を紹介したものです。イワシについては、北太平洋でアリューシャン低気圧が強くなると親潮がより南下して日本近海が寒冷な海になり、イワシの幼魚の生存率が高まり生長も早まる。一方、アリューシャン低気圧が弱まると、日本近海が温暖な海になり逆の現象が起きる。その変化が、地球全体の気候変動に連動して周期的に起こり、しかも寒冷な海から温暖な海への変化が1,2年の間に急に起きるというのが、レジームシフト説による説明です。問題は、そうした背景を前提にして、それぞれの魚種の資源管理をどのようにしていけばよいのかということで、ただ、取りすぎてはいけないというだけではなく、資源の周期的な変動を踏まえた順応的な管理の重要性が指摘されています。特に、シフトによって資源が回復しつつある時期に、漁獲を控えて資源量がある程度大きく回復するまで待つことが重要だといいます。しかし漁業は、そうした理論的な規制だけで管理できるものではなく、200カイリ漁業専管水域といった国際政治の問題、漁業の経済問題、地域あるいは漁獲法による漁業者内部の利害対立など、さまざまな要素が複雑にからみあって、大変難しい問題になっています。本書は、ジャーナリストらしく、研究者、漁業者、行政の各方面への聞き取りや文献によって、それらを幅広く扱おうとしているので、多岐にわたり、決して読みやすいとは言えない重い内容になっています。イワシのほか、サバ、アンコウ、スケソウダラ、サンマについて詳しく触れられていますが、秋田県のハタハタのように、漁業者の工夫と努力によって、資源の回復が計られて事例も紹介されていて、一つの希望になっています。海の魚は持続的な利用を図らなければいけない重要な資源であることを思い出させてくれる本でしたが、消費者としては、国産魚を食べて漁業を安定させる心がけが大事でしょうし、カニの食べ放題といった放埒は戒めねばならないでしょう。なお、「食卓でふと考える海のしくみと温暖化」という帯がつけられていますが、本書は温暖化の影響を中心的に論じているわけではないので、この帯は不適切でしょう。ちなみに温暖化については、レジームシフトと呼ばれる周期的な変動のリズムを狂わせる原因となると指摘されています。(2009/5)