『ハチはなぜ大量死したのか』(ローワン・ジェイコブセン著/中里京子訳/文芸春秋/1905円+税)
 今世紀に入ってから、北米やヨーロッパで、飼われているセイヨウミツバチの群れが突然姿を消してしまうCCD(蜂群崩壊症候群)という現象が起きており、本書はその現象に興味を持ったジャーナリストである著者が各方面に取材し、現段階でCCDが起こる原因について考察をした本です。そうした現象が報告されるようになってから、その原因についてさまざまな説が登場しました。携帯電話の電波がミツバチの方向感覚を狂わせたという珍説から、遺伝子組み換え作物説、温暖化説などがささやかれる中で、科学者による本格的な探求が始まり、ある種のウィルスが犯人と名指されたりしたのですが、それも決定的な原因とは言えないことが分かってきました。そうした状況の中で、著者が指摘するのは、アメリカの養蜂の抱えている構造的な問題です。一つの問題は農薬で、ミツバチに寄生するダニへの対策として日常的に農薬が使われており、農作物に使われる農薬もミツバチの体内に入って複合的な汚染を引き起こしている可能性があると言います。さらにアメリカの特殊事情として、多くの蜜蜂がカリフォルニアの広大なアーモンド畑の受粉作業に従事するために、春の早い時期に長距離をトラックで運搬され、しかもある期間、たた1種の植物の蜜や花粉だけに接することで、栄養的な偏りが生じ、それらによるストレスも遠因となっているのではないかと言います。CCDに罹病したミツバチの体からは、さまざまな病原菌やウィルスが発見されており、それは免疫不全が起きていることを示す可能性も指摘されています。本書でも、それらの複合的な原因によるものか、あるいは未知の犯人がいるかは、最終的には結論づけられていないのですが、欧米の養蜂業が極めて危機的な状況に追いつめられていることはひしひしと伝わってきます。また、著者が強調していることの一つは、アーモンド畑に蜜蜂がかり出されるのは、広大な面積で単一作物の栽培を行っているために、もともとそこに生息していた多様な昆虫が姿を消し、自然の受粉システムがまったく働かなくなっているためだということです。多くの野菜や果物の栽培において、受粉昆虫の働きは当たり前のようにとらえられてきましたが、同じような不都合が世界各地で起こり、人工授粉に頼らざるを得ない作物も多くなっていると言います。近年、生態系サービスという言葉が盛んに使われるようになりましたが、昆虫による受粉の働きなどは、まさに自然から得ているサービス、つまり恵みの一つであることを再認識せねばならないでしょう。CCDが広がることによて、養蜂業の前途は暗いと言わざるを得ませんが、一つの希望としてはアフリカ化ミツバチと呼ばれる攻撃性の強い系統のハチに、そうした事態を乗り越える可能性が見いだされているとのことで、訳者による後書きでは、ニホンミツバチにも同じような可能性が指摘されています。訳者は、あとがきの中で蜜蜂に関心を持っている人が予想外に多いことを知ったと書いています。とすれば、なぜ本のタイトルに蜜蜂を使わなかったのか、素朴な疑問が残りました。(2009/4)