『鳴く虫セレクション』(大阪市立自然史博物館・大阪自然史センター編著/東海大学出版会/2800円+税)
 先般刊行された『バッタ・コオロギ・キリギリス大図鑑』(北海道大学出版会)の編集に関わった日本直翅類学会のメンバーと、大阪市立自然史博物館関係のセミの研究家合計17名が、「鳴く虫」のさまざまな話題について紹介した本です。第1章の「鳴く虫の話:直翅類編」では、コオロギやキリギリス類について、各執筆者が研究対象にしている種類や現象について具体的に紹介しています。内田正吉氏による「草原で鳴くバッタたち」では、注目されることの少ないバッタの発音についてさまざまな事例が紹介されており、多くのクルマバッタが飛びあがって羽を使った発音を集団でする観察例などは非常に興味深いものでした。村井貴史氏による「ノミバッタの異端児返上計画」、石川均氏による「日本産ヒナバッタ類とその見分け方」は、大図鑑の出版過程での分類学的な研究の成果が紹介されています。加納康嗣氏による「江戸東京の虫売り:鳴く虫文化誌」では、江戸の町民文化として栄えた虫売りの社会的な背景、組織や道具などについて包括的な記述がされていて、非常に参考になります。第2章「鳴く虫の話:セミ編」では、大谷英児氏による音声分析ソフトによるエゾゼミ類の声の同定、宮武頼夫氏による金沢に出現したスジアカクマゼミの話題などが紹介され、初宿成彦氏によるセミの進化についての小論が載っています。第3章「鳴く虫の基礎知識」では、なぜ鳴くのか、鳴く仕組み、聞く仕組み、生活史などについて基本的な事項がまとめられています。第4章の「もっとも鳴く虫を楽しむために」では、飼育法と標本製作法が述べられていますが、特に安藤俊夫・中原直子氏による飼育法は、虫の種類別に細かいノウハウが述べられていて実用的であると感じました。また、巻末には直翅類とセミ類のリストと分布表が載っており、目録をまとめるような仕事をする人には有用でしょう。このように多彩な内容の本ですが、全体的なまとまりということになると今ひとつの感もあり、価格がある程度高い本だけに、もう少し編集の技が見たいところでした。少なくとも、季節や環境に関連づけた、誰もが親しみやすい入口を作っておく必要があったのではないでしょうか。また、「多いです」「難しいです」「しやすいです」などの表現が頻発し、そのたびに神経にさわりました。これも時の流れなのか、皆さんはどう感じられるでしょうか。(2009/2)