『金井弘夫著作集』(金井弘夫著/アボック社/14286円+税)
 国立科学博物館の植物研究室などで仕事をされてきた金井先生の喜寿を記念して刊行された著作集です。私が先生の名前を初めて意識したのは、環境省の身近な生きもの調査について、データの不確かさを手厳しく批判された記事でした。その後、この調査の企画に参加することになったので、先生の批判はいつも改善すべき課題として頭のすみにおいていたことでした。その後も、標本のラベル、データベース、地名、位置情報などといったことについて折りにふれて学ばせて頂いてきました。博物館というのは、資料整理が大きな役割ですが、整理学的な観点での論考を発表される方は、むしろ少数派で、その意味で非常に貴重な存在であると思います。さて、この著作集は、ヒマラヤでの植物相調査に関わる未発表原稿が前半3分の1ほどに収められ、残りに論文や記事、著作目録などが収録されています。850ページを越える本なので、さすがに全部は読み切れず、第2章「植物の観かた・残し方」と第3章「ナマエ・データ・ヒト」を中心に半分ほどのページに目を通してみました。2章では、先生が標本の製作についてもさまざまな工夫をされたことを知り、我々も愛用してきたラミントンテープによる押し葉標本作製がその発案であったことを知りました。データベースということに関しては、位置情報の重要さがくり返し述べられています。全国の2万5千分の1地形図に出てくる地名をすべて採録した『日本地名索引』は先生の主著の一つですが、そこまで徹底して基礎的なデータ整備にあたられた貢献には大きなものがあると思います。先生は、網羅的なデータベースを作ることを天職とされているようなところがあって、1800を越す尾瀬の池溏についてデータベースを作り、16年後に再調査して、主要種の分布変動を記録するといった仕事は常人にはできないものだと思います。また、それぞれの植物について名前を覚えて終わりということではなく、その形や生活ぶりについて、きちんと観察し、記録にとどめていくことが大事だということもたびたび書かれていることで、オゼコウホネの種子散布などについて、その例が示されています。巻末に行動記録という章があって、観察や採集に出かけられた記録が載っていますが、それぞれの地名に位置情報が添えられていて、こうした几帳面さは決して真似のできないことだと痛感しました。(2009/1)