『ニホンカワウソ』(安藤元一著/東京大学出版会/4400円+税)
 「絶滅に学ぶ保全生物学」という副題がつけられ、ほぼ間違いなく絶滅してしまったと考えられるニホンカワウソについて、その人との交流史や、明治以降の絶滅にいたる過程をくわしくまとめた本です。記述は、非常に簡潔で読みやすく、内容的にも重要な指摘が各所でされています。たとえば、明治初年、それまで各藩が自主的に担ってきた狩猟に関わる規制が力を失い、近代的な制度が整備されるまでの間、無法状態になったことが多くの鳥獣類の激減をもたらしたと言います。この本の主役であるカワウソはもちろんのこと、トキやコウノトリ、ガンなどの大型鳥類についても同じことが言えるとあって、なるほどと思いました。また、続く大正時代には世界中で軍が防寒のために使用する毛皮の需要がまし、カワウソを含むイタチ類などの乱獲につながったといいます。こうした社会情勢を背景に動物の増減を論じることは重要な視点だと思いました。さらに、カワウソ類の保全については視野を世界に広げ、各国でどんな取り組みがされているかについて詳細に紹介されています。意外なことに韓国では東海岸地域に相当数の個体が現在も生息していて、熱心な調査や保全活動が行われており、絶滅の危険は去ったといえるようです。また、ドイツでは、カワウソが淡水域の保全のシンボル的な位置づけを与えられており、カワウソセンターという民間組織が中心に活発な保護活動が行われているといいます。イギリスやオランダで試みられた絶滅した地域への人為的な再導入についても、その功罪が述べられています。最後に、日本での絶滅から学ぶべき点として、13の点が指摘されています。それは、保護する価値についての議論の必要、早期の対策、全国レベルでの認識、行政区域を越えた情報共有、関係者間の協力体制の確立、多様な専門家の関与、一人の力の大きさ、コアになる施設や組織の必要性、啓発とメディアの役割、生態の正確な理解、調査と保全を混同しない、継続的なモニタリングといった点です。最後に生き残っていた四国では、いくつかの保全の試みもされたようですが、各県、国、市民運動などの歩調が合わず、統一的な方向性が出されていなかったために、その努力が実を結ぶことがなかったと言います。少なくとも飼育下での系統保存だけは実現できた可能性が高かっただけに、著者の無念さが伝わってきますし、分類学的な位置づけが確定していないままに絶滅させてしまったのは、返す返すも残念なことです。(2009/1)