宮沢賢治のちから』(山下聖美著/新潮新書/680円+税)
 私は、宮沢賢治の特別な愛読者というわけではなく、せいぜい好きな童話がいくつかあるくらいなのですが、この本が賢治の五感に着目した評伝だという新聞書評を読んで興味を惹かれました。五感というのは自然観察の上で常に気になっているテーマの一つだからです。この本は、賢治の誕生から死までの生涯を手短にまとめた内容ですが、たぶん他の賢治本に比べれば努めて感情移入を押さえ、むしろ突き放したスタンスで淡々と記述されています。その中で、各章で五感がテーマに取り上げられ、幼少期では痛みという触覚、中学校時代には鼻の手術に関連して嗅覚、高校時代には法華教への関心を読経にからめて聴覚、上京時代には光と色の表現に富んだ童話や詩から視覚、そして妹の死に関して霊感という第六感が問題とされています。全体として、著者ははっきり述べてはいないのですが、賢治の作品は、理論に基づく言葉や感情を表現する言葉だけでなく、五感に根ざした言葉が根幹を作っており、そのことが時代を超えた影響力の源泉であるというようなことがこの本の主題ではないかと思いましたし、それは納得できることでもあると感じました。(2008/12)