『イリオモテヤマネコ』(戸川幸夫著/ランダムハウス講談社文庫/920円+税)
 イリオモテヤマネコの発見が報道されたのは1965年のことで、当時高校生であった私にも刺激的で大きなニュースでした。それから40年以上が過ぎ、動物文学者の戸川幸夫氏がその発見に大きく関わっていたことも記憶の底に眠ってしまっていたのですが、ランダムハウス講談社文庫に「戸川幸夫動物セレクション」という5冊からなる選集が編まれ、標記の作品を読むことができるようになりました。この作品の前段には、たまたま西表島に取材に渡ることになった著者が、野生の山猫がいるのではないかという情報を耳にし、苦労の末に頭骨と皮を入手するまでのくだりが描かれています。この部分は復帰前の沖縄の紀行として興味深く、特に八重山の歴史をふまえた記述は印象的です。西表島は、一時無人島になるほどマラリヤが猖獗をきわめた島であり、廃村の描写などからは、のどかな南国の島というだけではない風土が感じられました。著者も述べているように、そうした人を寄せ付けない島であったことが、ヤマネコが生き残ってきた理由でもあったのでしょう。中段は、著者が持ち帰った頭骨を元にした研究が行われ、国立科学博物館の今泉吉典博士によって新種記載がされるいきさつと、記載のために必要な全身骨格の入手に再び著者が島に入る顛末が描かれています。また、後段は生け捕りにされた2頭のヤマネコを、著者が科学博物館からの委嘱を受けて2年強にわたって飼育した時の日誌となっています。ヤマネコを博物館に返却することで突然記述が終わり、作品としては何か尻切れトンボの印象を受けますが、貴重な記録には違いありません。こうした話題では、とかく専門家とアマチュアの確執が生じるものですが、本書によると新聞記者である著者と今泉博士、また琉球大学の高良鉄夫博士の間には強い信頼関係があって、そのことがイリオモテヤマネコを世に出す上で重要な要素であったことが感じられます。一緒に収録されている『骨の影』という作品は、ニホンオオカミをめぐる物語ですが、その冒頭にオオカミに興味を持っている高校生が科学博物館の骨格標本の収蔵室を見学に来るくだりがあります。こうした場面は珍しいことですし、博物館屋としては嬉しいことでした。(2008/9)