『ドイツの自然・森の幼稚園』(ペーター・ヘフナー著/佐藤竺訳/公人社/2800円+税)
 自然観察会で子供たちの相手をしていて気になることは、そうした幼児期の体験が彼らの生長に益するだろうという前提が必ずしも実証されているとは言えないということです。そうしたジレンマの一つの答えになってくれそうなのが本書で、ドイツ全土で350あるという、特定の園舎を持たず野外活動を基本とする森の幼稚園の卒園生と、通常の幼稚園の卒園生について、さまざまな観点からの比較を行ったものです。原著は教育学の博士論文として書かれたものだそうで、内容も訳文もそれにふさわしく堅苦しいものです。調査方法としては、ドイツ全土の小学校の教諭に対するアンケート調査が用いられ、約40の項目について、森の幼稚園の卒園生と、通常の幼稚園の卒園生のどちらが優れているかを答えさせています。そもそもの研究の動機が、森の幼稚園に通わせるかどうかを迷っている親の心配、つまり、小学校にあがった時に、通常の幼稚園児に比べて何か劣ることがあって学校についていけないのではないかという不安の解消ということなので、質問項目もそうした内容が選ばれています。たとえば、認識力領域として、課題の自主的解決ができるかなど、社交的領域としてほかの子供たちと共同作業ができるかなど、自発性の領域として授業中しばしば質問するかなど、身体の領域として手先を起用に動かせるかなど、その他として空想力に満ちているかどうかなどです。このアンケートには統計学的検討がされ、結論としては多くの項目で森の幼稚園児は普通の幼稚園児よりも有意に高い評価を受けており、少なくとも普通の幼稚園児より劣ることをおそれて森の幼稚園に入れない理由はまったくないということでした。全体にアンケート結果自体の考察に文章が割かれているので、森の幼稚園の具体像や、そのどういう特徴が子供たちの生長にプラスの効果を与えているかと言ったことにはまったくふれられていません。そういう意味で、読んで面白い本ではなく、結論だけを頂いておけばよいのかと思います。また、自然への興味とか、科学的関心とかについては、まったく扱われていません。序論の部分に、子育てを巡るドイツの社会状況の変遷が概観されていますが、核家族化さらには少子化の進行、外遊びの減少、ゲームへの依存など、我が国とまったく同じ状況が示されています。そうした状況の中での子供たちの育ちへの試みとして森の幼稚園が普及してきているのだそうですが、日本ではあってもごく少数派でしかない(前に紹介した『土の匂いの子』の青空自主保育なかよし会など)現状には危惧を感じます。訳者は、その原因としてドイツでは教育行政が各州に任されている、つまり地方分権をあげています(2010/2)