『海岸線の歴史』(松本健一著/ミシマ社/1800円+税)
 著者は文明史を専門とする評論家で、この本は日本という国の特徴が、長くて複雑な海岸線にあるとし、その変遷とそこに影響を与えてきた人の営みの歴史について総覧してみようという趣旨で書かれた本です。前回紹介したブレッド・ウォーカーのオオカミの本と同じく、環境史というジャンルの本と考えてよいものでしょう。こうした歴史家が書いたものを読むことはほとんどないので、古文献や詩歌あるいは神話からの引用をしながら進めていく話にはなじめないものがありましたが、この本で学んだこととして大きく二つのことがありました。一つは、日本の海運において、平底の和船が中心であった時代には、遠浅で入り江状の場所が港として適していたのに、欧米の大型の船が日本にやってくるようになると、深い港が必要となり、神戸や横須賀、横浜のように海岸まで丘陵が迫っている場所に新しい港が開かれたということです。つまり、技術の進展が土地利用も大きく変えていくということです。もう一つは、白砂青松と呼ばれる日本の海岸線の代表的な風景は、原始からのもの
ではなく、江戸時代に平野部の開墾が進んで広面積の水田が作られるようになり、それを海風や塩害から守るために海岸線に植林することによって生まれたということです。このあたりは、何となく知ってはいることでしたが、歴史家の視点からの記述を読むと、人の営為が景観を変えることが具体的に納得できました。また、著者は、日本人の心性の大本に海への親しみや憧れがあったはずなのに、工業化によって海岸線が人工化され人が近づけない海が増えるに従って、そうした心性も失われつつあることに警告を発しています。少々気になったのは、歴史家は自然史的な事実にあまりこだわっていないのかということで、貝塚の分布について縄文海進ということがぬきに議論されていたり、カモメが飛んでいるだけでその川に海水が遡上している根拠にしたり、あら探しを楽しみました。(2010/2)