『里の音の自然誌』(内田正吉著/エッチエスケー/600円+税)
 直翅類などの昆虫の専門家である著者が、長年にわたって生活してきた埼玉県のある里で、四季を通じて耳にしてきた自然の音や声について綴った本です。そうした視点でまとまって記述された本というのは読んだことがなく、まず新鮮な感じを受けました。登場するのは、春のウグイスに始まり、ヒバリ、クビキリギス、アマガエル、そして夏のセミ、秋の鳴く虫といった身近な動物たちですが、それぞれの声やそれが聞こえる条件や環境についてきめの細かい記述がされています。たとえば、アマガエルについて、田圃に水が入る前は、庭先の木々で暮らし、1匹が鳴き出すとつられて数匹があとを追う輪唱が聴かれると言います。それは竹林でも聞こえ、その時にアマガエルは枝葉の茂った高い位置にとまっているのだそうです。あるいは、ヒバリの声に耳を傾けていると自分の意識までも高空に上っていき、スズメの一声にその意識が地上に舞い戻るというようなことが書かれています。この本を読んでいくと、随所でそうした細やかな神経で聞き取る音の豊かさを感じることができます。暮らしとの関わりについても多くふれられていて、庭に植えられるシュロは、そのはためく音で、風が吹いて天気が変わることを知らせる役目があるのではという推測が述べられていたりします。この本を読んでいて感じたのは、やはり地面で暮らしていないと、これだけ繊細に自然を感じるのは難しいだろういうことで、30年来中層住宅に暮らしている我が身を振り返ってそう思ったことでした。ところで、この本ではある里という言い方で場所の特定をしていません。それは、そうした里の音が聞こえるのは、その特定の場所に限るわけではないからということで、その考え方は理解できるのですが、巻末の声を聞いた動物のリストとなると、やはり具体的な場所を示した方がよかったのではないかと思いました。ミゾゴイの声が聞こえ、時にはコハクチョウが上空を通過する場所となると、そのこと自体が、その土地の特徴と言えるのではないでしょうか。(2010/1)