『カワセミの子育て』(矢野亮著/地人書館/2600円+税)
 国立科学博物館付属自然教育園のゴミ穴の側面にカワセミが巣を作ったというニュースは、都市環境への適応の現われとして強い印象を持って聞いたものですが、それが1988年のことで、それから既に21年もの年月が経ったということにまずびっくりしました。その後も、自然教育園では断続的にカワセミが営巣し、著者らを中心にビデオカメラなどによる記録や、モニター画面による育雛のようすの中継などさまざまな試みが続けられてきました。本書は、そうした観察の中で得られた知見をまとめたものです。あとがきに著者は、「ことカワセミに関しては100%でないと気持ちがおさまらない性分」と書いていますが、その言葉通り、カワセミの繁殖行動について、細大漏らさず把握した完璧な記録が示されています。一つの繁殖期について、造巣期から巣立ちまで、雌雄のすべての巣穴への出入りの時間、運んできた餌の大きさや種類などが記録されているのです。それらは見やすい図表としてまとめられており、カワセミの繁殖生活のようすを具体的に知ることができる、実証的な資料になっています。ビデオカメラや監視カメラの利用など徐々に機械化が進められたとは言え、初期には早朝や薄暮期は文字通り現場にはりついて観察されたとのことで、その執念が実を結んでいったことがよく分かります。また、2000年には育雛期に雌雄ともが姿を消してしまうというトラブルが起こり、著者らは巣穴を掘りあげて雛を救出し、7羽を保護飼育して無事に巣立たせるのに成功しました。その飼育体験記も本書の読みどころで、自宅の1室をカワセミのために提供するなど、常人ではとてもできない努力が感じられます。雛の救出のために巣穴を掘りあげたことから、巣内を撮影する機材を設置することができ、その後の繁殖では、巣内の雛のようすの観察ができるようになりました。親から給餌された個体が、穴の奥に引っ込むなど興味深い生態が明らかになりました。(2009/12)